最後の授業
皆さん,お元気にしていますか.メリー・クリスマスです.毎年,この時期になると,1月生の授業の最後とともに,今年ももう終わりだな,という気持ちでいっぱいになります.
先日,1月生の最終授業が終わりました.僕は3年間栄光会にきっちり勤めましたから,これで本当の最後の授業,最最終授業,ということになります.これまでの3年間,ほぼ毎週,週に2日は授業をしていましたから,僕の方はその感覚が抜けきれていません.野球部員の引退明けのような状態になっています.ただ,僕はこれから国家試験がありますから,その勉強の日々を過ごします.その意味で,残り少しですが,受験勉強を控えている君たちと同じ身分ということになります.
1年間,どうでしたか.思えば,Ch.1からはじめて,本当に様々なことを教えてきました.その都度,難しい話も多かったでしょう.でも,それも,何度も言ってきたように,「わざと」です.僕は,今年,最終年度でしたから,どこまで君たちのポテンシャルを引き出せるか,そのギリギリのところまで試してみたかったのです.その結果,君たちは,とてもよく色んなものを吸収してくれました.嬉しいかぎりです.
この前の最終授業も,時間がなかったということもありますが(あくまで,僕の授業は英語の授業ですから,英語に関する部分はしっかりとやらねばなりません),多分,最後にしたお話は,抽象的かつ支離滅裂で何を言っているか分からなかったと思います.でも,それでよかったと思っています.わざと簡単な話をして,君たちをお手軽に感動させることは,おそらく,そんなに難しいことではなかったです.そういうネタは僕はたくさん持っています.けれども,授業中にお話しした星の王子様にでてくるきつねではありませんが,大切なものは目に見えない,大切なものは簡単に言葉では伝わりません.本当に価値のあるものとは,そう簡単に分かってしまってはいけない.世の中は決して単純ではありません.僕にそういったことを教えてくれたのは,実は法学部ではなく文学部出身の大学教授でした.いまでも恩師の一人ですが,同時に彼はこうも言っていました.だからといって,解釈という仕事を怠ってはならない,と.言葉はたしかに万能じゃない,けれども(文学者の仕事でもあるので),なお,言葉を紡いでいかねばならない.「感動しろ.大いに感動しろ,しかし,感動だけするな,解釈しろ」とその先生は言うのです.されば,世界の見え方は変えられよう.だから,僕も,授業中に説明しきれなかったところを,こういった形ではあるけれども,言葉を紡いでいこうと思う.それで分かることは,たった一部分に過ぎないとしても.
僕の授業は常に,くだらない冗談に満ちていました.関西出身の友人の講師からは,僕がくだらない冗談ばかり言ったら,関西人は皆そうだと思われるからやめてくれと言われながらも(とっても,その友人の冗談の方が寒かったという噂はかねがね聞きますが,それはさておき),皆はだんだん笑ってくれるようになってくれました.僕は遊びが大好きです.どんなにハードコアな授業であっても,遊びを楽しむ余裕がなければ,それは人間としてどこか不健全だと思っています.その最後の大物が,授業で見せた,政見放送のYoutubeだったのかもしれません.皆,大いに笑ってくれました.それでいいんです.面白いですから.でも,同時に,その政見放送の「裏舞台」についても少し説明しましたね.そのことについては「長くなるから」,Youtubeの関連動画を辿ってみて下さい.僕がその背景を知ったのは,関連動画で出てくるある方がやっているvlog(ビデオログ)です.「おそろしーい陰謀」と一見コミカルに見えるものの背後には,彼が人生を賭けた反管理教育という価値があることに,そしてその大きさとリアルさにゾッとするかもしれません.それでも,なお,笑っていてほしいのです.
僕の授業では,学生運動の話をときどきですが,断片的にお話しました.その全体像をお話することは,とてもできませんが,僕が駒場時代にずっとやっていたインタビュー活動は,それに関するものです.いまは学生運動などは日本では皆無です.脱原発などの価値を訴えるデモなどは出てきていますが,大学の風景は依然として変わりませんし,60年代のように,大学のキャンパスが若者の政治の舞台になることはもうないんじゃないかな,と思います.皆さんは,なんでそんな遠い昔の話に僕が興味があるのか,疑問に思うことでしょう.それは,僕の受験生時代に遡ることになります.当時,さまざまな師と呼べる人との出会いがありました.その多くが学生運動経験者だったのです.彼らは他の人たちと明らかにパッションが違う,異色の人たちだったのです.どうして,そんなエネルギーが湧いてくるんだろう.その原動力に魅かれました.それがリサーチのきっかけです.僕は駒場時代,立花隆というジャーナリストのゼミに参加し,その機会を使って,全共闘世代と呼ばれる世代の方々に片っ端から話を聞きにいくという活動をしました.最終的には,立花さんも登壇していただいて,大きなイベントを学生で主催することになりました.その成果が「見聞伝」というページに残っています.
いまでも,学生運動経験者が,予備校で講師をやっています.そのうちの代表的な存在の一人は,もと東大全共闘の議長でいらっしゃった山本義隆先生でしょう.僕は彼にインタビューを依頼したことがありますが,断られてしまいました.彼は,学生運動関係のインタビューはすべてお断りしているということです.先ほどのお話に少し近づいてくるのが分かりますか.「本当に大切なことは言葉では語れない.」いや,語ってしまってはいけないのでしょう.それでも,なお,言葉で語っていかねばならない.でも,簡単ではない.だから,少しずつ,少しずつ.現に山本先生も少しずつ,語り始めています.彼は,学生当時,湯川秀樹の研究室にいた素粒子の優秀な研究者でしたが,挫折を経て,在野で科学史の研究に転身しました.その成果が『磁力と重力の発見』『一六世紀文化革命』などという本になっています.どちらも太い本ですが,とくに後者に関しては,世界史をやっていた人はとくに読んでみたらいい,とおすすめします.その研究のスケールの大きさにきっと感動するはずです.彼が背負っているものを感じながら,読んでもらえれば,嬉しいです.僕が受験生時代に,一生懸命カフェで読んだ本です.すすめて下さったのは,これもまた,僕の恩師の一人である,世界史の先生でした.そういった本で読んだことは,ずっと自分の中に残ります.忘れたくても忘れられない一冊になります.文理を超えるアプローチを大学で研究したいという女の子がいたので,この本を勧めておきました.
さて,その学生運動ですが,実はいまでも真面目に活動している人たちがいます.僕はそういった,現役世代にもインタビューに行ったことがあります.例えば,法政大学で運動をしている人たち.話を聞いてみると,動機はとってもマトモです.皆,話を聞くことなしに「こちら」と「むこう」に分ける壁を築き,彼ら他者に寄り添おうとしません.あくまで他者とコミュニケーションを取り続けること,それこそが重要だと,今年学習していた正義論の文脈を引いて,何度も君たちに価値を訴えました.他者とコミュニケーションをとっている内に,いつの間にか自己が変容します.その可能性を受け入れることが正義ですし,僕たちが社会に生きているということの証明でもあります.人は人の中でしか生きることができないことの意味です.僕が授業中に引いた,村上春樹の〈システム〉は実は僕たち自身が作り出しているもので,見ず知らずのうちに,自己と他者を分け隔てる〈壁〉がつまりは〈システム〉そのものです.
いまでも,法政大学にいくと,例えば入学試験なんかでも,ビラを撒いたりしている人たちを見かけます.彼らのやり方があまりに自分たちとかけ離れているので,何か「嫌な感じ」を受けてしまうかもしれません.最近,松山ケンイチと妻夫木聡が出ている『マイ・バック・ページ』という映画を見ました.そのなかで,ある少女が「この闘いって分からない.けれど,なんか『嫌な感じ』がする」といって,この映画は終わるのです.僕が思うに,動機はとても賛同できるものでも(例えば,貧困社会のためになんとかする.例えば,学生の自治による公共性の涵養),大衆運動はあくまで大衆に立脚しないといけません.大衆から遊離してしまった時点で,何か大きな可能性を失ってしまうのではないか,と思うのです.何かの話と似てきました.最初の授業でした,受験システムの話です.受験は不条理だと思う,それは様々な意味で.でも,その不条理を批判したかったら,まず不条理を乗り越えないといけない.システムを変革したかったら,まずそのシステムに適合しないといけないのです.これは,悲しいことです.なぜなら,人はシステムに適合する過程で,多くの場合,そのシステムに食われてしまうからです.人はそんなに強くありません.手段と目的を分離すると,いつのまにか,手段の目的化が起き,多くの場合,うまくいきません.最後の授業でやった,慶應法学部2009年の英語の文章は,まさにそういったことを問題意識にしている,と,マルクス『資本論』の価値形態論の話などもひきつつ,説明しました.貨幣—資本—商品という体系の背後にあるのは,具体と抽象を転倒させた物神崇拝なのだというお話,皆,お金に神を見ているんだというお話,直観でもかまいません,どこまで理解してもらったかは分かりません.でも,ずっと説明してきた,学生運動の行く末は,これと同じことになってしまった.ミイラ取りがミイラになってしまった.そして,その〈システム〉からは誰も逃れることができないのかもしれません.
そのような問題意識を明確に描いたのが,傑作の映画『マトリックス』です.ネオはマトリックスの構造が見えるが故に世界の変革者たるわけですが,そのようなネオもまたマトリックスという〈システム〉の生成物です.こういった論争は,実は1966年のフーコー=サルトル論争からあります.サルトルはマルクスの影響を受けながら,世界=〈システム〉を変革する主体の可能性を信じた.しかし,フーコーに言わせれば,そのような〈システム〉を変革する主体もまた〈システム〉によって作られているに過ぎない.すべては〈システム〉の生成物なのです.そして,そういうフーコーさんもまた〈システム〉がそう思わせているのであり,と思っている僕もまた〈システム〉の……と,無限に後退します.誰もシステムから逃れることはできない! 村上春樹は,エルサレムスピーチにおける「卵と壁」というテーマで,彼は弱者である卵の側につくと言っていますが,卵だって,所詮はシステムの生成物ということなのです.そういう問題意識で,若松孝二の『実録連合赤軍』を観て下さい.真面目な動機をもった若者たちが,〈システム〉に打ち勝つことができず,どういう成れの果てになったか.そして,構造としては,いまの君たちも変わりはありません.受験という〈システム〉にどう立ち向かうのか,その構えの一つ一つが,実はとても重いです.とても.そして,僕が「笑いが大事です」と言ったことも.何かに囚われないこと.浅田彰が『逃走論』で「逃げろ」と言ったこととそう違いはありません.
では,どうすればいいのかという〈答え〉ですが,答えはありません.そもそも特定の何かが答えだと固定してしまうことにこそ,問題性があるのです.答えはありません.資本主義にどう立ち向かうのかということとの関連で,一冊本を挙げました.ジョン・ホロウェイ『権力を取らずに世界を変える』.社会主義というのは,今となっては昔の話なのかもしれませんが,その一番の問題点というのは,すごく簡単に言えば,人々を解放しようとして(目的),一つの答えを権力的に押し付けてしまったことなのです(手段).つまり,手段の目的化です.だから,答えはありません.
けれど,それで終わるのはなんですから,一つだけヒントを出しておきましょう.先ほどの『権力を取らずに世界を変える』にも書かれていることなのですが,「自分の内なる声に誠実たれ」.最後にはそれしかありません.し,最後は自分の判断で自分が生き生きとしていること,これの他はありません.自分が楽しいこと,しっくり来ること,これだと思えること,その価値に誠実になることです.もちろん,それは,自己が社会的に成立しているからには,自己実現は社会的な形で達成されます.その上で,古市憲寿さんの『希望難民ご一行様』や,他にも諸々挙げた若者の「活動」系の本たちを見てみて下さい.(例えば,石松宏章『マジでガチなボランティア』,山口絵里子『裸でも生きる』,荒井悠介『ギャルとギャル男の文化人類学』.)皆,内なる声に誠実です.これでやっと,最後の授業で皆で読んだエマソン『自己信頼』の意味が少しは分かってくれたかもしれません.さらに,なぜ「内なる」声なのか,ということに関して,一つだけ付け加えれば,それはジュリアン・ジェインズ『神々の沈黙』です.ここで,つながりました.
これからの君たちがどう生きればいいか.残酷にも高いハードルを設定して駆り立てたり,世界を変革することをアジったりはしません.かと言って,あきらめさせろと言うこともありません.ただ,内なる声に誠実に.それが,たとえ,〈システム〉の生成物にすぎないとしても,それでもなおdenn noch,自分に残る価値は何か.耳を傾けてみて下さい.
3年間,どうもありがとう.
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2012年,あけましておめでとう.追記です.
授業中に話していた,労働法の話,いろいろと知りたいという方がいれば.
それから,政見放送のムービーをもう一つ追加しておきます.これまで述べてきた話を重ね合わせてもらえれば,いろいろと考えられるかもしれません.ピエロは,詐欺(もしくは,イデオロギー?)の象徴.テレビのスクリーンは,僕たちに何かを見させる〈システム〉と考えてもらってもいいし,『1984年』の「テレスクリーン」と考えてもらっても構いません.コミック雑誌も同じです.でも,それに高らかに異議を唱えるロッカーも「マンガ」なのです.「いつも笑いが絶えないのは,そこに憩いがないからさ.」「Love & Peace, Rock'n'roll」
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